奴隷かよ
なにやらケアマネ業務を離れて政治の話ばかりですが、
常々不思議に思うのは、
「国の批判をするな!」とか、
「国の対応に感謝します!」とか、
「お役所の皆さんが倒れないか心配です!」とか、
国家権力や政治権力(官僚を含む)といった<権力>を擁護する発言が、どういう心理からなされているのかということです。
政治権力なんて、民衆の敵以外の何者でもないわけで、
常に監視して国民のために働いているかを注意していなければ、
たちまち暴走してしまう存在だと思うのですが、
国に感謝。
う~ん。不思議です。
そもそも国や官僚は、国民のために働くのが仕事なのですから、
国民のために汗水流すのは「当たり前」のことです。
当たり前のことに感謝するのは悪いことではありませんし、
例えばコンビニの店員さんや現場の作業員さんに
「お世話様です」とか、「ありがとうございます」とか、
そういった声掛けをするのは、まあ人それぞれ思うところがあっていいと思います。
でも、言わないですよね。
「(態度が悪くても)コンビニの店員を批判するな!」
「(仕事が遅くても)現場の作業員は汗を流して頑張っているんだ!誹謗中傷はやめろ!」
「みんなでドラッグストアの店員さんをねぎらおう!」
「ケアマネジャーの皆さんに感謝の言葉を!」
特に最後。最後のセリフはまず無い(涙)
逆に、国家権力を批判するな!と言う人に限って、もう民間相手だとボロクソ。罵詈雑言の嵐。
ちょっと政治に口を挟んだだけで誹謗中傷、人格批判。
なのに、国家権力に対しては「感謝!感激!どこまでもついて行きます!」
犬かよ。奴隷かよ。
奴隷なんだったら奴隷らしく、<権力者>にはすべて感謝していればいいのに、これまた不思議なことに、そういう人に限って自分が雇われているところの法人に対してはこれまたボロクソに言ったりする。
「社長(経営者)ばかり得をしている!」
「法人がピンハネをしているに違いない!」
で、絶対に感謝しない。
「社長!いつも従業員のために遅くまでありがとうございます!」
「会社の悪口を言うな!社長も頑張っているんだ!」
そういう声はまず聞こえない。
一度で良いから言ってみろ、と言いたい。
(そしたらボーナス弾んじゃう♪)
そもそも経営者は従業員とは負っている責任が違うのであって、負っている責任が違う以上、給料が違うのは当たり前。
法人は売り上げの一部を事業資金にしなければならず、法人が生き延びるためには上前をハネるのは当たり前。
利益をすべて従業員に還元していたら、会社はたちまち潰れてしまう。
政治家の悪口を言うと、「だったらお前がやってみろ」と言うくせに、
経営者の悪口は許される。
不思議。
国民と行政(政治家・官僚)、従業員と経営者の関係は似ているのではないでしょうか。
国民は税を納める。行政は集めた税を使う。
従業員は働いて売り上げを伸ばす。経営者は集めた売り上げを富として用いる。
集めた税をどのように使うか。国民のためにどう使うか。
国民は見張っていなければならない。
経営者は集めた富をどのように使うか。従業員のどのように還元するか。
従業員は見張っていなければならない。
そういう意味では、本来、国民と国も、従業員と経営者も、敵対関係にある。
コンビニの店員と客、ケアマネと利用者も同じです。
金を払う側と、金を受け取る側。
受け取る側には、貰った金額に見合う利益を客に提供する義務がある。
その義務を怠れば、その対価が見合ったものでなければ、
批判されて当然。
「布マスクをいただけて感謝します!」
「総理を全力で応援します!」
「役所の人たちに感謝を!」
正当な対価を得てもいないのに、気持ち悪いです。
逆に言えば、この程度で満足できるなら、権力者にとって、これほど楽なことはありません。
「ぼくたちは低賃金で大丈夫です!会社のために使ってください!」
そんな従業員がいたら、バカだと思います。
だけど、権力者にとっては、国民がバカなほうがいい。
経営者にとっては、従業員はバカなほうがいい。
どうしてもっと、声を上げないのかな~
そんなことを考えると、こうも思います。
どうして自分は、声を上げようと思うのかな。
自由にモノが言える時代に生まれて幸せでした。
未来の子供たちに、同じ幸せを残してあげられそうにないことを、とても申し訳なく思います。
長文になりましたが、最後に日本国憲法より、第12条前段。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」
われらと、われらの子孫のために。
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