選べる自由・選べない現実
そういえばこの国は、色々選べない国だよな。
ブログに頂いたコメントにレスを付けていて
そんなことを思いましたので、つれづれなるままに。
(注:このブログの記事はケアマネドットコム様にも載せています)
(注2:またも毒吐いてます。閲覧は自己責任でお願いします)
ひとつ前の記事で書いた「印鑑廃止」。
何でも書類に印鑑、てのは確かに面倒だと思います。
要らない書類もあるでしょうし、印鑑じゃなくても済む場合もあるでしょう。
印鑑を押しに行くだけに出社、てのも面倒でしょう。
ですが、何かしらの<承認>は必要なわけで、
<印鑑に代わる便利な方法>があるなら、それを取り入れることに異論はありません。
が、しかし。
なぜかその手の話が浮上すると、さも印鑑が「ワルモノ」のように扱われ出すのはなぜなのでしょう。
印鑑でも良いし、他の手段でも良い。
その場に応じて、その書類に応じて、
便利な方法が使えれば良いと思うのですが、
なぜ印鑑「廃止」まで行っちゃうのでしょう。
歴史を遡れば、脱亜入欧。これなんかもそうで、
江戸時代の文化を全否定するかのごとく「前近代」と決め付け、
髪型から服装、建物の様式に至るまですべて西欧化。
それまでの歴史はなんだったのかと。
日本の歴史は明治からかよ、と。
そんな狭量な考え方だから戦争に負けたというのに、
日本国憲法下の自由な時代になっても、なぜか国民の皆様は「右向け右」。
夫婦別姓もそうだし、同性婚もそう。
なぜ画一的に夫婦は同姓じゃなければダメで、婚姻は異性とじゃなければダメなのか。
そこに明確な理由なんてない。
夫婦は同姓でなければ一体性が保てない、などとぬかす老害がおりますが、
おまえと一緒にするな、と。
別姓でも結び付きの強い家族はごろごろいるし、
同姓だろうと離婚するときは離婚するし、崩壊するときは崩壊する。
つまり姓なんて関係ない。
婚姻だってそうで、生産性がない、とか言ってしまうトンデモ議員なんてのもいたりしますが、
異性婚だろうと子どもができないものはできないわけで、
子どもがいない夫婦は存在しちゃダメなのかよ、と。
人の恋路に首突っ込むなよ。どんな形だろうと祝福しろよ。
と思うわけですが、世間様は心が狭い。
ケアマネジャーの報酬逓減制もそうで、なぜ一律に担当件数が40件以上になると報酬を減らされるのか。
個人の能力はそれぞれなのに、やれ上限を撤廃されると仕事を押し付けられるとか、
今まででも手一杯なのにこれ以上は無理、とか、
そんなの知らんがな。
てめえの無能をこっちに押し付けるなよ。
と、正直なところ申し上げたい。特にかつて逓減制を進言したというケアマネ協会に対して。
夫婦別姓だと働きやすいのにな~
子どもがいない婚姻の形でも幸せなのにな~
50件担当できれば月収35万も夢じゃないのにな~
選ばせてほしい。
この国に望むのは、もうそれだけになってきました。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。